新しい環境に飛び込む勇気を持つ方法【体験談編】

体験談

ご観覧ありがとうございますtatataizo0076です

 

あ―どうしよう。どっちに行こうか迷う。決めらんねー泣

 

やりたい事とかないしー。どっちでもいいんだけど・・・

 

何かを決める事ってこんなに大変なの?と思う時ってありませんか?

今回はこんな方への後押しができたらと思い記事を書いてみました。

こんな人に最適

・就職活動や進路に迷っている人

・最後の最後でどっちにしたらいいか決められない人

・大きな決断を今までしてこなかった人

まずはこちら私の自己紹介です。

 

今からさかのぼる事10年程前になりますが、大学時代の話です。

あの時の僕も真剣に進路、将来の事で迷っていました。

小さい頃からやってきたサッカーを続けるべきか、それとも新しい興味を持ったものに挑戦してみた方がよいか?

高校から大学に進学するかどうかで悩んでいた。

先生に泣きながら相談したり、友達と離れることが嫌で夢をあきらめようとしたり。考えても考えても答えがでない。

寝て起きたら、昨日とは違う答えの自分がいる。なんてくらい悩んでました。

結果、大学進学というサッカーに道を選んだわけですが、その選択が良かった事を踏まえて新しい環境に飛び込む事に迷っている人へのアドバイスとして観覧していただけたら嬉しいです。

それでは、早速行ってみましょう!!

教訓1:どっちか迷ったら失敗しても笑い話になる方を選択しろ!!

・実家から通える場所orド田舎の集中できる環境かで悩んでいた

誇れる成績を高校サッカーでも残せたかというと全然そんなことはなく、まだサッカーを続けたいここで終わりたくない。という思いと意味不明の自信から大学進学を決意しました。

ありがたいことにサッカーを続けたいと監督に伝えていたこともあり2つの学校からサッカー推薦を頂くことが出来ました。

・1つは自宅から通える大学でサッカー部創立2年目
                   or
・もう一つは聞いたこともない田舎の大学。0から作る強化部1年目

どちらも実績、歴史ある大学ではありませんでしたが、創部2年目の大学は、高校サッカー選手権大会でも出ていた選手がちらほら。

一方で田舎の大学は、トレーニングジム、プール、サッカー部の寮などサッカーをするためなら環境が整っており、0からのスタートなので先輩やしきたりみたいなものもない。

今思うと決め手になった一つは監督との会話。プロの選手が良く言うやつで、”自分を必要としてくれると感じ取れたから選んだ”。これが進路決断した要素になっている。

その他に決定の要素になったもの

・4年後東北チャンピオンになる。4年計画なんだ!と監督が言っていた。
⇒できなくてもいい経験になる。できたら最高!!
・自分もストイックに挑戦していきたい
⇒結果がどうでも何かに集中して取り組んだ事を誇れるようになるなぁ
・実家にいたら、また友達とすぐに会えて遊んでしまう
⇒言い訳ができる。だし、最悪サッカー辞めちゃうかもしれないなぁ
・田舎に住んでみたかった(シティーボーイの為)
⇒第二のふるさととか言ってみたい。そんな場所ができたら最高

※⇒は失敗したらどうなるかと当時考えた結果

その結果、実家暮らしなら最悪サッカーを辞めることになる。笑えない。。

田舎なら遊ぶ場所もないだろうし、ピュアな大学生活を送ることになる。

という事で、サッカーに集中して打ち込める田舎の大学サッカー部1期生という道を選択することになります。

教訓2:やってしまった後悔は1回、やらない後悔は一生、挫折は誰にでもあると理解する。

一度決めたら、行けるところまで全力疾走してみる!!

田舎の大学でサッカー部に進学、入部することになりました。

もちろん先輩はおらず(正確には3人いました。大学のサークル時代のキャプテンで4年生1人、サークル時代の2年生でマネージャー1人、専門学校から特待生で3年生から1人)伸び伸びと自分たちでチームを作っていく感じがして、すごく楽したっかし、真剣でした。

今思うと企業のスタートアップみたい。

寮生活でも共にするため、全員が同じ授業を取り、練習をし、同じご飯を食べて、同じ時間を過ごし、段々家族のような存在になっていった。

ただ休みは月曜日のみで、日曜日に試合に出たメンバーのみでそれ以外は軽いランニングも含めて体を動かす指示が出た。

努力もあって、サッカーでも成果はすぐに出た。

2部制の東北リーグは2部からスタートし、1年で1部昇格。

3年時には、天皇杯出場。

チームは注目されていき、後輩の選手獲得にも強化していく。

全国区の選手がどんどん入ってくるようになり、僕も試合に徐々にでれなくなっていった。

次第に増えていく試合に出れない選手、怪我をしてしまう選手がいて、努力が実らずふてくされる選手。人数が多くなればなる程、試合に出れる選手が少なくなり、みんなが同じスタンスで試合に挑むようにはならなくなった。

僕もある時から試合に出られなくなり、サッカー部を辞めて一時は退学まで考えた。

でも結局のところ、サッカーが好きで、この環境を考えた末、自分で選んだのだ。という心があり、リフレッシュした後、モチベーションを持って次の日の練習に参加できていた。

やる気になった時にいかにできるところまで集中して頑張るか?頑張り切るか??という事もこの時に学んだ。

真剣に続けると好機は必ず訪れる。沢山の努力もあり、みんなの力もあり最高学年になった4年目悲願の全国大会出場、東北チャンピオンを手にすることになる。

教訓3:環境を変えるのも、別の道も選択するもの自分。決めた自分を受け入れる

妥協ではなく、この道を進むと決めれば大概は上手くいく

全国大会では、大阪の大学と1回戦で対戦し、大敗を喫する。

全然歯が立たず、その後大阪の大学は準優勝することになるが、その試合には出れずにベンチで応援していた。

サッカーでは悔しい思いをしたが、チームがタイトルを手にしたことは自分が欲しかった、目標にしていたものだったので、今でも誇りだ。

それに、何より4年間一緒にサッカーを通じて、知り合い、同じ生活をし、苦楽を共にした仲間とは今でも会えば話が尽きない。

当時は、わざわざ遠い地まで来て毎日つらい思いをして何やってんだろう。とか失敗だったななんて思ったりもしたこともあったが、今思うとそんな未熟な心も田舎での生活も4年で手にしたタイトルも全てが報われる貴重なものだった。

そんな充実した毎日を送れたのは、あの時自分が当時決断事の報酬。

決断しなければ手に入れることが出来なかったものばかりだ。

まとめ・・・

本当に10年も前の話ですが、今でもその時の心境とか感じていたこと、はっきり覚えているし、当時の仲間に会うと多くを話さなくても分かり合えている感じがする。

この経験は、社会人になっても貴重な宝で、私は大切な思い出として大事にしている。

結局は違った道を選択していても自分である事には変わりはないのだが、あの時行こうかどうか迷って色んな人に相談して、考えて考えてやっと決められて行動に移した自分に感謝したい。

そして、今人生の岐路に立っている方や、これを最後まで読んで下さっている方に少しでも勇気づけられ、参考にしていただけたら最高です!!

結局は真剣に考えて決めた道に間違いはない!!

そう信じて今も未来に向かって私も走っています。

一緒にガンバりましょう!!

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