3度の離婚でも前向きな姉の話

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どうもたいぞうです。

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今回は私の体験談ではないですが、身内の話になります。

こんな人に見て欲しい

・夫婦問題で悩んでいる方

・家庭問題で苦しんでいる方

・離婚したいと考えている方

唐突ですが、私は母子家庭で育ちました。

最近では両親が離婚する事自体、そんなに珍しくなくなりました。

でも、子供にとって親が離婚するという事は受け入れがたく、それなのにどうすることもできない複雑な出来事です。

そして人に言えないくらいの傷を心に負ってしまいます。

親はこのことを理解し、子供と向き合い、分かり合おうと努める事で子供の心の傷も多少癒えていきます。

それは、とても大事な事なのです。

私も両親の離婚を経験しました。同じように悲しく寂しい思いをしたし、

もし私が結婚したら自分の子供にはこういう思いは絶対にさせないと考えています。

姉も同じ思いだったに違いはありません。

しかし、結果私の姉は3度の離婚を経験しています。

姉の壮絶な半生とともに、それでも前向きに生きようとしている姿に応援しています。

そんな離婚エピソードを元に、家庭問題で悩んでいる方や、苦しんでいる方に少しでも共感できればと思います。

悲しい話のようですが結果から言うと、止まない雨はない

という事をお伝えしたく、読み進めていただけたらと思います。

1回目の離婚

姉は高校卒業後、仕事を始めた。

高校の終わりから付き合っていた彼氏と5年という交際期間の末、ゴールイン。

親族の結婚式を初めて経験した私は本当によかったなと、心の底から嬉しくて涙がこぼれ落ちるという経験をさせてもらいました。

実家に一緒に暮らしていましたが、しばらくして家の近くにマンションを購入。

家族で暮らすことになり姉は、引っ越すことになった。

2人の子供を授かり、天使のような赤ちゃんでした。

とても可愛くて、携帯の待ち受け画面にしていつも見ていたいくらい愛おしい存在でした。

私は地方の大学に進学し、寮に住んでいました。

今まで当たり前にだった家族と暮らしていく時間はなくなって行き、環境が変わることに寂しくなったことを覚えています。

子供達に会いたくても中々会いに行く事も出来ず、メールで動画や写真を送ってもらってはほっこりする。

そんな、毎日でした。

それから1年ちょっと経った時、突然姉から連絡がきます。

”離婚しました”

・・・?????

詳しく聞くと、どうやら旦那さんとの子供に対する教育方針の不一致により徐々に家庭での会話や夫婦の関係も悪くなっていってしまったのです。

そして姉が離婚届けを提出。我慢の限界だったとのことです。

結婚して3年目の出来事でした。

子供もまだ小さすぎるし、家のローン、話し合いを重ねれば解決が見つかるはずなのに・・・簡単過ぎる・・・

あまりに唐突だったため、私と母、姉、旦那さんでの話し合いの場を設けた。

はじめはお互い怒り心頭。

今までお互い我慢していたのだと思いますが、始めの話し合いでは言い合いになり、解決せず、二度、三度…何回話し合いを設けたかはもはや覚えてませんが、二人が仲良くやっていけるように何とか少しづつ話し合いを進めていきました。

直接会って話せない時は、電話をして説得に次ぐ説得をしていました。

旦那さんは口数は少ない方ですが、優しくて姉思いの人でした。

しかし、喧嘩をした後に、僕らが帰って夫婦2人でこんなんじゃいくら子供がいたとしても、居心地悪いだろうなと思いました。

でも悪い人じゃないし、よく二人で笑っている姿が私はとても好きでした。

だから、どうしてもうまく立て直してほしくて、仲良くしてほしくて、その一心で相談に応じていました。

説得による説得を重ねた結果、若干のしこりを残しはしましたが、お互いが納得のいくような形に持っていくことに成功して、婚姻届けを再提出という形で、晴れて家族の再出発となりました。

2回目の離婚

私は大学を卒業し、都内に戻ってきました。

実家から仕事へ通う日々、そして姉の家族とも頻繁に会える距離にあったし、心配もしていたので休みの日によく行くようにしていました。

晩御飯を子供達と一緒に食べれることが嬉しくてそうしていました。

結婚のタイミングで購入した新築の分譲マンションは、数年経っていたが劣化はなく、とても綺麗で清潔さが保たれていた。

ローンを組んでいたので、旦那さんは仕事尽くめの日々でした。

旦那さんとは晩御飯を一緒にすることはほとんどなかったので、仕事ぶりや今どのくらいしんどいのか、みたいなものを聞いてあげる事も出来ませんでした。

姉夫婦がどうにかうまくいくように少しでも役に立てるのならと、気を遣うところもありました。

そうやって何とか徐々に平穏な日々が戻ってきていると思っていました。

そんな折、事件が起きてしまいます。

仕事後旦那さんが着替えして、スーツを脱いだポケットの中からキャバクラの名刺だでてしまったのを姉は見つけてしまいます。

ドラマにあるシーンを見ているかのようですが、それから姉は旦那さんに不信感を抱き始めます。

姉の不信感はエスカレートして、携帯電話を見てしまいます。

そこにはそのキャバクラの女らしき人とのやり取りが…

せっかく修復した家庭に、音を立てて亀裂が入る、話を聞いていてそんな感じがしました。

それからは、姉の詮索の日々でした。

証拠を集めに集めたらしく、結局そのキャバクラの女性とはできていたことも発覚、画像証拠を元に訴訟を起こし、離婚が成立していきました。

もう、私たちは引き留めることは出来ず、ただその時は流れに沿って受け入れる事しかできませんでした。

こうして2度目の離婚が成立する事になります。

Hands of wife, husband signing decree of divorce, dissolution, canceling marriage, legal separation documents, filing divorce papers or premarital agreement prepared by lawyer. Wedding ring

母子家庭生活のスタート

姉と子供2人は、マンションを引き払い、別の場所に越すことになりました。

その頃2人の子供は大きく成長し、小学生になっていました。

今まで仕事もせず、専業主婦だった姉は仕事していかないと生活していけません。

その為仕事の相談を受けた私は、別の部署を紹介したところに面接を取り付け、見事に採用が決まって働くことになりました。

しかし正社員ではなくパートだった為、マンションの支払いで生活費が補えなかったようです。

その為、まだ夜を空ける事に不安はあったものの、小学生になった子供達を寝かしつけ、夜は水商売でダブルワークをして生計を立てる事になりました。

急な生活環境の変化にも母親としてたくましく働き、家族3人で協力し合い、姉の仕事も少しづつ軌道に乗ってきました。

半年が経った頃、昼の職場では昇格を果たし、少しだけですが金銭面の支えにもなっていきました。

 

 

新しい男性との出会い

ちょうちんやBARで賑わう裏路地の飲み屋街

夜の仕事をしている時の話です。

ある日、仕事先で酔ったお客さんに姉は絡まれます。

水商売なのでよくある光景ではありますが、外までお客さんを見送った後、お客さんがそのまま姉を外に連れ出そうと手を引いて、中々離してくれない、でも無下に扱えないと押し問答をしている。

そんなところに、後ろから男性が手をほどいて助けてくれました。

その男性にお礼を伝えると、その男性はさらっと帰っていってしまいました。

次の日の夜、お店に昨日助けてくれた男性がきます。

姉は、すぐに昨日の助けてくれた人だと分かり、その人の席に着きました。そして、席に着くなり昨日の事のお礼を伝えて、それから二人は仲良くなっていきました。

その男性は次の日もその次の日もお店に遊びに来てくれるようになり、段々親密な関係になって、離婚している事、子供2人を育てている事を打ち明けたようですが、その全てを受け入れてくれて、付き合う事になりました。

菜の花と子供たち

姉の家に遊びに来ては、子供とよく遊び、ご飯を作ってくれて、姉は生活、心の負担もかなり減ったようでした。

また、子供達も遊んでくれる男の人になついていったようです。

そんな話を聞いていたある日、姉から連絡がきます。

”ご飯まだ?近くの店に来ていて紹介したい人がいるからこれない?”とのこと。

特に予定もなかった私、しかし察しはついており1人では嫌だったので、彼女を連れて呼ばれた店に向かいました。

すると店の奥に2人の姿がありました。

お世辞にもかっこよくはなく、表紙抜けしましたが、物事をはっきり言ってくるタイプでスキンシップの多い人だなという第一印象。

姉を気に入ってくれて、子供の事も見てくれているなら御の字だと思いその日は楽しく過ごすことになります。

喜ばしい事なのだが、姉の事を名前で呼び捨て、自分の自慢話をちょくちょく挟み、個人的には仲良くなれないなと思ってしまった。

それから何度か飲みに誘われて、お付き合いの男性と2人で飲みに行くことも何度かありました。苦手ではあるものの、姉と子供たちの事を考えると私が口を挟むのもなぁと思っていました。

姉の元旦那さんとどうしても比較してしまうところもあり、こんなにぐいぐい来る人もどうなんだろうと徐々に苦手意識が増えていった。

家賃滞納8ヶ月・・・

そうして、一定の距離を私は保ちながらも何か月か経った頃、1本の電話が私の携帯に入りました。

電話先は不動産屋さんで、家賃滞納の支払いをしてほしいとのことでした。

イタリアのマンション街

しかも、なんと滞納は8ヶ月…

いやいやいや…んっ?待てよ。

よくよく思い返してみると、姉が離婚し引っ越を決めた時、仕事はしておらず、マンションを借りることが出来ませんでした。

実家に住んでいた私は、私が住むという事にして、姉が借りて賃貸契約を結んでいたのでした。

8ヶ月分ってそんなに溜まっていたなんて、とてもびっくりしました。

だし、はっきり言って滞納金を払う余裕もなかった私は、不動産屋さんに正直に姉が住んでいること、姉に払わせるから待ってほしいとの事を伝えました。

そして、姉に速攻電話。

滞納していることを勿論知っている姉は、払う目途が明確ではないが謝罪をされ何とかする。という事で言ってきた。

とりあえず払う期限を姉に設定した私は、再度不動産屋さんに折り返しの電話を入れて、いつまでに振り込みをするかを伝えて電話を切りました。

2週間後

また不動産屋からの電話、察しは着いた。

結局未払いで、払い込みがなされていないと告げられた。

また、姉に即連絡を取り話したが、前回同様の態度で支払いの意を伝えられて電話を切った。

しかし、結局未払いの為、3度目の連絡が来る。

ノートパソコンと携帯電話を持つ手

流石に待ちきれない不動産屋に私にも責任がある旨を伝え、何とか支払ってもらう事を説得し電話を切ったが、段々腹が立ってきて姉に連絡をした。

謝られたが、謝らなくていいから払ってくれという事で、話を進めたかったが結局そのお金が用意できないのではないかと私は思っていた。

電話越しには、その時すでに半同棲状態になっていた男性もいて、電話越しに話を聞いていたと思う。

私の怒りは収まらず、姉に”男性に払ってもらえばいいじゃん”と言ってしまた。

しかし、何とかするからの一辺倒でこちらは納得のいく回答が出てこなかった。

らちが明かないと思った私は、”今から行くわ。”と伝えて電話を切る。

本当はいく気もなかったが、怒りが抑えらなかったし、今後の事も含めて私から話をしてみてもいんじゃないかと思い、姉の家に向かった。

Divorce agreement. Wife and husband can not make settlement. Two young lovers quarreling because of disagreements.

そして、家については、姉と男性を前に家賃が8ヶ月滞納している事、これからの姉と家族の事、2人の事を男性に聞いてみた。

”はっきり言って滞納分を私は払う金もない。姉と結婚するならこの分の家賃を払うという事も考えて欲しい。

でも今はただのお付き合い。普通はそんな人から責任を取れなんて言えない。2人がどうしたいかだけど、結婚を視野に入れているのなら、滞納家賃分の支払いも約束してい欲しい”

今思うとめちゃくちゃな事を私は言っていたと思う。

しかし、本気ならそれに答えてくれるだろうし、そうじゃなきゃ姉も男にすがるのではなく、自分で返済していく事を考えて生活をしなければいけないと思ったからこういう言い方になってしまった。

男性は私に謝罪の後、”ちゃんとする。結婚して、引っ越そうと思っていたから、滞納分の家賃も俺が払うね”といって私を納得させたくれた。

翌日

不動産屋からの連絡がなかったので支払いが済んだのだなと、もしかしたら2人の方向性を決めるいい機会だったのかな等と思った。

それから暫く経ったが、姉からの連絡はそれ以降あまり来なくなった。

私も言いたい事をいってしまい少し気まずさがあった為、連絡しなくなっていった。

母に姉は元気か?と聞くと2人は婚姻届けを出した。という報告だけもらった。

意外とあっさりな感じだったけど、なんだかんだでうまくいったんだと安心した。

子供達も片親より、父親がいて母親は家にいてくれる。そんな家庭の方が安心するだろうと本当に安心した。

安心したこともあり、またこの時に私も付き合っていた彼女と結婚をした。

それも重なってどんどん連絡を取らなくなっていった。

3回目の離婚

私も実家を出て、夫婦での生活をスタートさせていた。

仕事も忙しくなり、以前のように頻繁に母親、姉と連絡を取ることがなくなっていた。

だったので、久しぶりに母親に連絡をした。

”元気?そうかそうか元気なら良かった。お姉は元気??”

すると、母親から衝撃な言葉を聞く。

”お姉ちゃんとはしばらく会えないからそっとしておいてあげて”

”あの男に会ったらすぐ私に連絡して”

???

内容が理解できない私は、理由を聞き出すが、母親は説明してくれない。

全く意味が分からない私は、何があったのか心配になった。

何度も聞いてやっと教えてくれた。

母”今は姉がどこにいるのか誰にも教えられない、そう警察にも言われているのよ。”

私”けっ、警察???”

母”あいつ暴行罪で捕まったのよ”

私”なんで??一体何があったの?意味がわかんないんですけど”

話はこうだ。

私が結婚し、実家を離れて連絡を取っていない1年間の間に、姉へのDVのように頭を叩いたり、酒癖が悪く酔っぱらっては大声で怒鳴り散らしたりしていて、日に日にエスカレートして行ったらしい。

姉も抵抗はしているものの、力では勝てず、暴力を振るわれるようになっていったのだと。

そしてある日、泥酔して帰ってきた旦那は遊びに来ていた姉の男友達と遭遇。

喧嘩を吹っかけてしまい、そのまま暴力沙汰。

止めに入った姉もむなぐらをつかまれ、投げ飛ばされてしまい、さらに止めに入った子供たちまで蹴り飛ばされて、身の危険を感じた姉は警察を呼んだのだと。

家の中を逃げるように時間を稼ぎしばらくして警察が駆け付けた。

警察はすぐに、暴れている旦那を現行犯ですぐに取り押さえ、警察に連行させる。

それから恐怖を覚えた姉は、子供を連れて引っ越しし、身を隠して生活しているという話だった。

今は滞納していたマンションはとっくに引き払い別の場所で暮らしている。

だから、警察からは例え身内であっても男に居場所を教えないようにしてくださいと言われているのだという事らしい。

母親も姉と子供達に本当に万が一取返しつかない事があってはと、家族の僕にさえ慎重だった。

本当にそんな事が起こったんだと、私も恐怖を感じて姉に電話をしてみたが携帯が止まっている。連絡が繋がらない事で実感がして寒気がした事を今でも思い出す。

連絡が取れなくなってから、また1年が経っていたがちょくちょく母親から姉の状況を聞いていた。

子供たちは元気なのか?学校へは行けているのか?ちゃんとした生活は送れているのか?

母親は、姉の知人の紹介でアパートを借りれて無事暮らしているという事だだけ、教えてくれた。

 

 

久しぶりの再会

それから、またしばらくして母親から電話があった。

DVの元旦那は逮捕された。弁護士を通して離婚は成立した。

警察からは、男が出てきた時も、姉の近所に暮らすこと等色々な制限を設けていくため、親族への連絡はしても良いという事で、姉と子供たちに久しぶりに会える事になった。

仕事の休みに妻と母親と一緒に姉の暮らす部屋へ訪ねて行った。

久しぶりに会えたときには、大きな怪我や傷がなく、みんな無事でいてくれた事にとても大きな安心感を得た事を覚えている。

事件当日の事、子供たちの学校を転校したこと、その後の生活などその時に色々詳しく教えてくれた。

話を聞いていく中で、言葉にできないくらいの感情を抱き、抑えることがやっとだったが、何より子供たちも無事で本当に良かった。

しかし、口には言わないものの心に大きな傷を負っている。

そのことは周りの私たちも理解して、一生子供達に関わってケアをしてあげないといけないと思った。

それからは以前のように連絡を取り合うようになり、子供たちの学校行事には、仕事を休んで、応援に行ったりして、一緒にご飯を食べたり、夜は一緒に遊んだりして平凡な日常を取り戻していた。

やっと、手に入れた幸せ

半年もした頃、姉に彼氏ができたと言われた。

その彼は、元旦那から身を逃れるようにしていた時に引っ越しの手配や、手伝いをしてくれた姉の知人だった。

また、同じような目に合うのではないかと思っていたし、こちらもかなり慎重になった方がいいという事を伝えたが、実際にあって見ないと何とも言えないし、言ってみれば今回は命の恩人。

前回のようなことがない…と信じたい。

本当に良いパートナーならもちろん応援する!!

ただ、それを聞いた時はそんな気持ちにはなれなかった。

後日、姉の新しい彼氏私たちで夕飯を食べることになり紹介される。

とても仲が良く、礼儀正しく、芯のある感じの第一印象だった。

聞けば学生の頃から武道をしていた。

色々なめぐり合わせもあり、今は違う道の仕事をしているが、休みには街で武道を教えているようだ。

とても物腰が低く、柔らかい印象だった。

今まで人達にはない穏やかな印象に安心感を感じていた。

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それから2年が経ち、更に引っ越し一緒に暮らすようになった。

子供たちも新しい環境に慣れて、彼氏の事を認めているようでパパと呼ぶようになっていった。

引っ越して、みんなで住む。という事はつまりそういう事である。

家族になるという事を選択した彼氏は、私に結婚の許可と、子供達への思いを伝えてくれた。

暫くして婚姻届けを提出した2人は正式に家族となり、2人の間には新しい赤ちゃんもできて、今も幸せに暮らしています。

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最後に・・・

姉は3度の離婚を経験しています。

こんな壮絶な生き方を、姉がするなんて思ってもいませんでした。

昔から破天荒は変わらず、むちゃくちゃな人だとも思っていましたが、人一倍人思いなところもあり、そんな過度な心配症な部分が、うまくいかなくさせてしまった部分もあるんだと思います。

自分自身も片親で育てられ、複雑な思いをして成長しました。

しかし姉は、それでも自分なりの幸せを得る事が、子供たちにも安心した家庭を与える事。

と信じて行動した結果が、今の幸せな環境にたどり着けたのだと思います。

今は、子供3人と5人の家族で幸せに暮らしています。

私の家族同士でも非常に仲が良く、過去の話なんて忘れ去られたと思うくらい今を一生懸命生きています。

結婚で言うと相手なくしては、成しえない事なので一人の努力ではどうにもなりません。

ましては、姑、相手方の家族、親族等の周りの意見を聞きすぎるあまり複雑な感情に左右される事もあると思います。

それでも、姉のように諦めずに前を向いて全力で生きていく事で、素晴らしい明日を手に入れる事ができる。

苦しいことも、自分次第で切り抜けて良い方向にもっていくことができる。

つまり、止まない雨はない

そう確信した姉の半生という体験談でした。

長々とご覧いただき、本当にありがとうございました。

 

 

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